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近況

みずの通信、いつもまとめてアップ。

「みずの通信○○号」をクイックするとPDFで全文読める号があります。

 

資料の蔵に扶養控除等の一覧表平成30年分版を作成しました。

配偶者控除、配偶者特別控除が複雑になったので、この表も複雑になりました。

 

 

平成30年分扶養控除等の一覧表

配偶者控除等の大幅改正があったので、複雑になり、少し作成に苦労しました。

みずの通信2018.11

またまた年末調整の時期がやってきました。制度改正が大幅で多く、混乱が生じやすいです。

年末調整の時期に送られてくる書類について、例年通り、従業員さん用に書き方の説明書を作成しました。ご利用いただけたらと存じます。

さて、税務署から送られてきた書類は、「扶養控除等(異動)申告書」は平成31年分とあり、「保険料控除申告書」「配偶者控除等申告書」は平成30年分と書かれています。

これは、「保険料控除申告書」と「配偶者控除等申告書」は平成30年分ですので、今回の年末調整で使用しますが、「扶養控除等(異動)申告書」は平成31年分ですので、平成31年1月以後に支払う給与から天引きする源泉徴収税額を計算するための扶養親族の数を算定するのに用います。

年末調整で利用する「扶養控除等(異動)申告書」は、前年末か今年の初めに会社に提出した平成30年分を利用することになりますが、その間に内容の変更があれば、それを直に訂正するか、新たな用紙に記入して再度提出することになります。

今年の年末調整は、新たに「配偶者控除等申告書」が加わったことにより、例年と大幅に違うことになります。

 

2018.10 みずの通信

中小企業診断士の登録更新研修、毎年受講しなければなりません。今年は静岡県中小企業診断協会主催のセミナーを申し込み、開催地の浜松市まで足を延ばしました。

テーマは「顧客至上主義脱却としての尖り型マーケティング」です。

「尖り」は「とがり」と読むようですが、私は「とんがり」の方が馴染みます。

講師は、現在売り出し中の中小企業診断士で、2017年に中小企業庁長官賞を受賞している秋田舞美さんです。常に和装で講義をし、服装は商品を包むパッケージ、商品である私を聴講者に少しでも長く印象付けるために和装にしていると言い切ります。

「尖り」とは、「ある個性、特徴をクローズアップすること」。具体的には、「リピーターを増やすためには、強みをどんどん増やしていき、魅力をどんどん増やしていかなければならないが、新規顧客を得るためには、ある個性にクローズアップして、自社の多くの魅力を削ぎ落していくことが必要である。」というものです。

みずの通信2018.9

夏になると、セミの音が辺り一面に響き渡ります。私はそれを聞いて、「蝉しぐれ、さんざめき、蝉しぐれ、さんざめき」という歌詞を思い出します。そのためか蝉の音が心地よく届きます。

お盆のころから夜、窓を開けて車を走らせると、虫たちの饗宴がすさまじく繰り広げられているのが耳に入ります。いよいよ秋か、と毎年、この感慨を楽しみます。今年は例年のように鳴いていない、暑すぎたか、と心配しましたが、その日のゲリラ豪雨のせいだったようです。次の日は例年通り、勢いよく鳴いていました。

今年から真夏の税理士試験の会場に飲料水の持ち込みが(やっと)OKとなったそうです。

私が昔、税理士試験を受けた際、あまりの暑さに一瞬意識を失ったことがあります。会場は名古屋、椙山学園の高校だったと思います。

ぼーっとしていて「あれ、雨が降ってきたかな。」と思っていると、周りがふっとクリアになって真夏日の光です。「雨が降っていない、何の音かな。、、、あーあ、学園の生徒たちがプールで泳いでいる音だ。」「うん?、じゃあ俺は今、学校の校舎で何をしているのだろう。」ハタと気づいて、税理士試験を受けているんだと、慌てて時計を見、どのくらい時間をロスしたか確認した憶えがあります。

今、会場はクーラーが効いているのかな。

音楽ホール等の客席は、未だに水やお茶の持ち込み禁止です。そろそろ時代の移り変わりを考慮して、OKでもよいと思うのですが。

社会保険労務士の試験を受けたときの話です。会場が住宅街の学校で、お昼の休憩の時、休日であることからほとんどの飲食店がお休み、たまたま開いていても受験生で満席です。コンビニもない時代ですので、昼食を準備してこなかった私の失敗です。

八百屋を見つけました。でもパン類等は売り切れています。そこで袋入りのチキンラーメン(カップ麺は存在しません)を買い、私は袋を破って、一口かぶりついて立ち去ろうとしました。その時、八百屋のおばちゃんから一声、「あんた、なにやっとるん。」「えっ、誰のこと?」「あんたや」「俺のこと?」ドギマギとすると、「こっちにいりゃあ。」とお店の中に誘われます。おうちの土間に連れていかれ、「そんな食べ方をしたらあかん。奥の部屋はね、お昼時で家の者も使うから使わせてあげられないの、ここで我慢しやあ。」と、私のひとかじりしたチキンラーメンをどんぶりに入れ、お湯を注いで、箸と一緒に渡してくれました。

うれしかったですねえ。ラーメンをすすりながら、「こんな良いことがあるんだから、絶対、試験は合格する。」と妙に確信めいたものが沸き上がりました。(恥ずかしながら、恩返しをしていません。)

 

みずの通信2018.8

「お金2.0」佐藤航陽著。

ベンチャー企業の若きリーダーの経済分析の本です。鋭い洞察力にまずは敬意を表します。ただ、この本に書かれている未来像は、単純で楽観的すぎると感じます。多分、書いている本人もそう思っているのではないかとも思います。なぜなら、前半の彼の分析からしても、このような薔薇色のような未来像は描けないからです。きっと、この本の目的が、「さあ若者よ、来るべき未来に向けて、共に素晴らしい世界を創っていこう。」とのメッセージの発信だからだと思います。

しかしながら、だからといって、この本の価値が何ら下がるものではありません。

自然科学の発展に対して、経済学はちっとも進歩しないと感じています。未だに経済政策は、私が学生時代に習ったケインズ経済学ですし、テレビのコメンテーターもそのケインズ経済学の入門の入門をしたり顔で喋るだけです。自分の実感とのズレを明確に指摘してくれるものはないのか、と思う私にとって、この本は、なかなかのものです。切り口は鋭いです。

ホリエモンが、一時期、その役目をしていましたが、彼はエリート集団の上から目線の毒舌ですし、本質は突いていても、斜めから見た話し方でした。

この本の著者は、家庭が貧しいが故に、世の不公平を正すために、なんとか頑張って2年で司法試験に合格して弁護士になろうと考えていましたが、司法改革制度により大学院まで行かないと弁護士になれないと知って、「お金」がない故に、弁護士の道を諦め、違う道で不平等な世界を改革していこうとした人です。目線は真正面ですし、謙虚に直感だけに頼らない分析をしています。

きっと、頭がメチャクチャ良くて、日々の経済活動の中でも、いつも「なぜ」「なぜ」を繰り返している人なんだと思います。

一読の価値ありと思います。文章は平易です。

 

みずの通信2018.7

加納まちづくり会が岐阜加納ロータリークラブとの協働で「加納のまち」という小冊子を作成しました。

加納の歴史、現在について掲載されています。昔から加納在住の人にとっては、大変懐かしい写真も掲載されています。

もしご興味がありましたら、ご一報ください。無料です。

岐阜の重鎮である某弁護士さんの話です。

観光に行くってよく言うでしょ。観光ってどんな字を書く?

「光」を「観る」って書くでしょ。人は、虫と同じ。光を見たがる。光に惹かれるんだよ。だから、人を引っ張っていこうと思うのであれば、光を見せてあげないといけないんだ。

 

みずの通信2018.6

岐阜新聞で、大型連休中の恵那市岩村の賑わいを写真で掲載されていました。

女城主で有名な岩村城跡のあるところです。「過去最高の人出」と書いてありましたが、たぶん、過去最高の人出の10倍以上の人出ではないかとの印象を受けました。NHKの朝の連続ドラマ「半分、青い。」のロケ地ということからの賑わいのようです。

また、ドラマの中で五平餅が話題にされ、これも売上が凄いそうです。

五平餅、最近、食したところでは、多治見の虎渓山公園のお店で食べた五平餅が美味しかった。滋賀の紅葉の名所で食べた五平餅は酷くまずかった。やはりご当地で食べないとダメかなと思いました。

 東京の和菓子の老舗「とらや」の「とらや工房」が御殿場にあります。「マツコの知らない世界」で紹介されたとのことで、連休中に訪れましたが、2時間待ちでした。レジが一つしかないというのも大きな原因ですが、これもテレビの力を見せつけます。

 

みずの通信2018.5

杉原千畝さんの顕彰施設が、母校の愛知県立瑞陵高校にできるとか。

その施設を観て、生誕の地である八百津にまで、栗きんとんを買いがてら、足を延ばしてみようかと思ってもらえればと思います。本家争いなどは絶対やめてもらって、お互い仲良くやってほしいですね。

千畝さんが活躍した戦前の日本外交イメージは、南京、上海、満州等での軍部や政商たちの動きですから、西欧における日本外交の在り方を知らない私は、杉原千畝さんだけを見てしまうと、何とも言えない異質さを感じてしまいます。映画を見て、杉原千畝さんだけの行為でなく、ビザ発行後、多くの日本人が船を用意し、日本への入国等の労をとったことなどを知って、少し腑に落ちたところです。

須田しのぶさんの「また、桜の国で」という本を読みました。出だしは、シベリアに抑留されたポーランド人の話から始まります。シベリアで飢えと寒さと病気とで次々と死んでいく人達を、何とか子供だけでも救出し、祖国ポーランドに帰したいと、ポーランド政府がその支援を各国に要請します。しかし、アメリカもヨーロッパ諸国も二の足を踏んで、なかなか承諾が得られない中、日本大使館に依頼すると、すぐ本国に打電され、わずか17日で政府決定が下され、大々的な救出作戦が決行されます。それにより700人以上の孤児を、敦賀湾に受入、日本国で治療や食事を与え、元気な姿にしてポーランドに送り返したという逸話です。

ポーランド人に親日家が多いと言われる所以とされています。

そしてこの小説では、ドイツ、イタリア、日本の三国同盟が締結されてしまう前まで、ポーランドの日本大使館の人たちが戦争回避のために尽力する姿が描かれます。(ここはフィクションかどうかわかりませんが。)

これを読んで、杉原千畝さんの行為は、東欧において平和外交に駆け回る日本の人たちのメンタリティに通じるものだったんだなと、やっと得心できた気がしました。きれいごとだけが動機ではないとしても、当時、日本の政治を司る人たちもヒューマニズムに溢れた人たちが多かったということでしょう。そんな日本人を戦争が狂気に変えていったということなのでしょう。

この本、前半は読めます。後半は嫌になるくらいめんどうくさいです。前半はヒューマニズムの話、後半は武士道と殺戮の話です。後半はほとんどカットでよいと思います。

 

みずの通信2018.4

ふるさと納税、今年も申告をされた方がさらに増えました。返礼品の豪華争いに総務省からブレーキがかかりましたが、影響はなかったようです。

今年の当事務所のサービスとして、ご要望により「ふるさと納税損得分岐点」をお知らせすることとしましたが、これは、ふるさと納税の仕組みを理解していただくという意味でも、私どもの職員の訓練にもなったという意味でも、個人的にはよい取り組みであったと思っています。

みずの通信を毎月送っていない方につきまして、このサービスをご存じなかった方もお見えかと思います。このサービスを受けたいという方は、今からでも結構ですので、お電話等でお申し出ください。

 

みずの通信2018.3

関ケ原の合戦、当時の石田三成と徳川家康の各武将たちを味方に取り込むための書状、徳川家康のものは150通ほどあるそうですが、石田三成のものはたった4通しか残っていないとのことです。戦いが終わって、石田三成からどのような書状を貰っていたか、徳川家康側に知られたら大変と、皆が焼却処分してしまったからと思われます。敗軍の将の言い分は、資料としても後世に残すことはできないようです。

磯田道史(歴史家)さんの本によると、関ヶ原合戦のあと、上杉家の直江兼続を死罪に

しなかったのは、関ヶ原合戦に勝ったからと厳罰主義で臨むと、他の武将が震えあがって、わが身を守らんと、再び、豊臣家と結束して、一大合戦になることを恐れたためだと言います。島津家に対しても、取り潰すために九州に軍を送らなかったのは、まだまだ豊臣家が強く、背後を突かれたら一溜りもないからだったと言います。ですから、その時、島津家をつぶしておけば、明治維新の際、幕府は薩摩長州に壊滅させられることはなかったのにとの話は、その時その時の事情を無視した話です。

徳川幕府は、その後、木曽三川の治水工事、有名な宝暦治水で、薩摩藩の財力を削ぐため、苛め抜きます。(昔、有線で、森繁久彌の朗読劇で、聴きいってしまって、動けなくなってしまったおぼえがあります。苦境にもがき憤激した薩摩藩士の思いを「腰のものにて怪我」で片付けていかざる得ない家老の思いは圧巻でした。)

 

みずの通信2018.2

ふるさと納税の話題は衰える兆しはありません。お尋ねもそこそこいただきますが、それでも、まだまだ誤解が多いように思います。

そこで、サービスとして、今年の確定申告、もし、ご要望を事前にお申し出いただければ、今年の申告内容で、いくらの金額をふるさと納税したら、損得分岐点になるかを申告書に押印をいただく際にお知らせします。

職員にお申し出ください。

 

みずの通信2017.11

年末調整特集です。

源泉控除対象配偶者など、意味不明な?改正があります。

要注意。

みずの通信2017.11

年末調整特集となりますので、資料の蔵に掲載しました。

 

みずの通信2017.10

読書の秋です。少し読んだ本の紹介です。

「遠縁の女」(青山文平著)。同題名を含む3作の中編集です。時代物はあまり読まないのですが、小さな藩の小さな禄を食む武家の生き残らんがための努力の話で、文章もよく、身の丈の努力も好ましく、面白く読めました。疲れをとるにはよい本です。著者が高齢でもあることからか無理のない作風となっています。

3作のうち、表題と同じ「遠縁の女」が一番、味わい深いと感じました。

「半席」(青山文平著)。「遠縁の女」がよかったので同じ作者の著作を手に取りました。これは6作入った短編集です。これも時代劇で推理物の形をとっています。年老いていく者、年老いた者のサガ、焦燥感等が動機となるもので、その気持ち、何となく共感できるところがあります。

個人的には、文章は「遠縁の女」の方がよかったし(この著者は高齢になっても文章力は進歩しています。)、中編のほうが短編より話の膨らみも大きいこともあってか、「遠縁の女」のほうがよかったです。

「愚者の毒」(宇佐美まこと著)。長編推理小説です。これはなかなか凄まじい小説で、一気読みになるタイプの小説ですから根を詰めてしまい、疲れます。読後感は心に重くのしかかります。最後の回想がもう少しさらっとしていたら、とは思いますが。

 

みずの通信2017.9

震洋(しんよう)という特攻兵器があったことを初めて知りました。

ベニヤ板で作ったモーターボートに爆弾を積んで敵艦に体当たりするという兵器です。当然のことですが、敵艦にたどり着く前に機銃掃射で弾が当たり、積んだ爆弾が破裂して沈没、戦果はほとんどなく、何千人という日本兵がそれで死んでいったということです。何の戦果も挙げられないということを考えると、神風特攻隊、回天等よりひどい作戦だったといえます。

日本軍の作戦は、目的を失った合理性のない人命軽視の作戦が本当に多かったです。

連合軍が日本軍の基地がある南方の島々を奪回し始めたとき、日本軍のとった戦法は水際作戦(みずぎわさくせん)でした。敵が海から上陸してくるとき、火力を集中して、敵を殲滅するというものです。でも実際は、上陸する前に敵艦からのすさまじい艦砲射撃と爆撃により、ただでさえ火力の劣る日本軍の主力火器が壊滅状態となってしまいました。

この何の効果もない水際作戦が、その後、何の反省もなく、何度も繰り返されるのです。

あの有名な硫黄島の戦いにおいてすら、マニュアルと違うと言って海軍と大本営が、水際作戦をとるように強硬に迫り、一部水際作戦が強行され、あっという間に壊滅して、大きな戦力を喪失しています。

そして、その後、難なく上陸した連合軍相手に、日本軍は残った火力で抵抗し、火力が尽きると全軍総攻撃といって、敵軍に真正面からの突撃を命じ、敵の猛烈な銃弾の嵐を受けて全滅してます。「玉砕」です。怪我等をして突撃できなかった者は、「生きて虜囚の辱めを受けず」と、手りゅう弾を手に抱えて爆発させるなどして自決していきます。

おぞましいばかりですが、このおぞましきワンパターンが繰り返されます。

多くの指揮官たちは、如何に勝つか、如何に生き残るかに知恵を絞るより、マニュアル通りに戦い、潔く死ぬという自己陶酔型の「武士の美学」だけを求めていたように思います。

でも、徴兵制で戦場にやってきた兵士たちまで、「お前たちにも名誉の戦死を与えてやる。」と道ずれにされては、たまったものではありません。彼らは、日本を守ろう、家族を守ろう、

生きて帰ろうと、戦場にやってきたのですから。

戦争前の国際情勢、日本の国際的な位置や状況等を鑑みて、戦争はやむを得なかったとの意見の人も一部にみえますが、私は、たとえ戦争がやむを得なかったとしても、当時のリーダーたちは、リーダーとしての資質がないまま、してはいけない戦争の仕方を日本国民に強要したと思います。

今の日本はどうでしょうか。

テレビドラマでは、心優しい真犯人は自殺という美学で幕が閉じることが多いですし、政治家やマスコミは、失態を犯した政治家の首を取ることを求めます。その失敗を活かして次のステップを踏むことを認めません。

規則違反がないことがわかれば、倫理上の問題を追及します。倫理とは価値観で違いますから、自分の倫理観を押し付けて責任を問うことは戦中と同じです。

戦争に突入したのは、軍部だけが悪いのではなく、それを期待した国民、その思いを煽ったマスコミの責任も大きいはずです。今日、話題性ばかり追い、それを限りなく煽る傾向が強いマスコミ界は危険とも言えます。

そして、世はコンプライアンス、マニュアル主義であり、それを遵守した者は保護され、外れた者は適切な対処であっても問題視される可能性が高いです。

現代にも、当時のDNAが日本人の中に受け継がれているのでしょうか。

このDNAは、日本人固有のものなのでしょうか。

戦国時代の有名な武将は、そのほとんどが大きな戦いで敗れていながら、何とか逃げっきって、再起しています。潔く死ぬなどということは考えていなかったと思います。

一番分かり易いのが徳川家康でしょう。

桶狭間の戦いで今川軍の配下だった徳川軍は、古巣の岡崎城に逃げ込みますが、そこに辿り着くまでに立ち寄ったお城はことごとく城門を開いてくれないという状態でした。そして、かの武田信玄との三方が原の戦いでは、多くの古参の武将を失いながら、命からがらやっとの思いで浜松城に逃げ込み、あまりの惨めさにその時の自分の姿を描かせて、後の戒めにしたという話は有名です。

織田信長が本能寺の変で死亡したときは、明智光秀の軍勢を避けるために少人数で道なき道の鈴鹿伊賀越えをしています。野武士等に襲われ、野に屍を曝していたかもしれません。

リーダーがこの強い生への執念を持っていたが故に、天下取りへの道が開かれたというのは間違いないでしょう。

潔い死、などと言っていたら、家臣ともども、あっという間に滅亡していたことでしょう。

 

みずの通信2017.8

信長の時代に日本を訪れたのはポルトガル人宣教師たちです。

そのポルトガル人の宣教師が、信長に金平糖を進呈した話は有名です。そのとても美しく甘くておいしい異国のお菓子を食べて、豊かで文明の進んだ、遠い異国に思いを馳せる様は、ドラマでもよく描かれています。

岩波ジュニア新書「砂糖の世界史」(川北稔著)によりますと、当時、二大列強であったポルトガルとスペインは、勝手に世界を二分して、アフリカとアジア、南アメリカのブラジルをポルトガルの領有とし、それ以外をスペインとしました。

当時の砂糖は私たちが思っているよりはるかに高級なお菓子であり、薬でした。その砂糖を大量生産すべく、まさに16世紀、砂糖の巨大プランテーション経営のため、ポルトガルはアフリカから黒人を大量に強制的に徴用し、ブラジルその他の国に送り込みました。極めて非人道的な黒人奴隷の貿易、黒人奴隷制度の始まりです。そしてそれが加速度的に広がっていく時代でもありました。信長たちが甘くて美味しい金平糖に舌鼓うって、その甘さから描いた世界の美しさとは裏腹に、そのお菓子の美味しさは、物凄い数の黒人奴隷の過酷な人生によりもたらされたものでした。

この本は1996年に書かれていますが、2016年に電子書籍化されたのでダウンロードして初めて読みました。砂糖と奴隷制度だけでなく、砂糖と産業革命など、興味深い話がたくさん綴られています。今、見直されて、人気のある本のようです。

 

みずの通信2017.7

韓流時代劇「根の深い木〜世宗大王の誓い〜」、ハングル文字を創り、朝鮮に普及させた朝鮮王朝第4代王世宗イ・ドの苦悩を相変わらずの100%フィクションで見せる全24話の物語です。中国の文化、思想を学ぶべく、漢字を国の文字としている朝鮮、文字を学ぶ余裕のない民は文盲のままであり、文字を学ぶゆとりのあるものだけが学問を学び出世していく、そんな世を変えるべく、たった28文字ですべてを書き表すことができるハングル文字を生み出します。これは、文字を学ぶことができる特権階級、知識層の猛烈な反発を招きます。それらを活劇、ロマンスを織り交ぜて面白く描いていきます。

日本は、古来、漢字を、その字がそのまま意味を持つ漢字と、発音のみが意味を持つ借字という漢字とを使い分けていました。借字はその後、時間を経て、崩し字となって、カタカナ、平仮名となっていきます。現代で言えば、平仮名やカタカナがハングルと同じ意味をもつ字となります。

日本は漢字と平仮名とカタカナの共存している文章体系をとっていますが、これを、漢字を排して平仮名のみの文章とすると決定したら、どのような事態となるのでしょう。漢字を学ぶための膨大な時間が節約され、漢字検定もなくなり、その時間を外国語に費やしたら、もっとバイリンガルが増えるかもしれません。でも、日本独自のメンタリティが壊れる、文化が壊れる、知識層のみならずそれ以外からも猛烈な反対が表れるでしょう。

平仮名だけの文章の世界、今まで考えたこともないことを思い起こさせてくれたドラマでした。

もっとも、ハングルが普及していく歴史は、その時その時の権力者により、紆余曲折を経験していくことになりますし、1970年ごろからハングルのみを教育され、漢字の書けない読めない世代が広がっていき、現在は漢字の必要性が見直されて、漢字検定が人気であるとネットには書かれています。文字は政治がいじり過ぎないほうがよいと感じさせる隣のお国事情です。

 

 

みずの通信2017.5

テレビ番組の林先生の初耳学だったでしょうか。算数の問題で、解答を、例えば、「1.0」と書いたら、解答は「1」であるから減点になる場合があるとの話があり、「そんな馬鹿な。」と笑っていたら、そのことが議論の対象となり、つくづく世の中は円熟、閉塞していると感じました。このようなことで先生は権威を保たないといけない世の中になったのかと、心配になります。

同じ番組中、ある芸能人ゲストが「学生時代に、先生がある公式を書いたので、どうしてそのような公式になるのですかと訊いたら、そんなこと考えなくてもよいから、とにかくこの公式を憶えろと言われ、それ以来、数学が嫌いになった。」と言っていました。

私は、それは違うだろうと思いました。

数学はもともと解を求める学問です。それには「○○になることを証明せよ」という証明問題もあります。つまり、この公式はなぜこのような公式になるかは、自分が疑問に思ったならば自分で解く努力をするのが数学です。解答を即、先生に求め、先生が解答をくれなかったから数学が嫌いになったというのは理屈に合いません。

簡単なことほど、なぜそうなるかを説明したり証明することは難しいです。あっさりとそういうものだと理解してしまったほうがよっぽど簡単な場合が多いです。自分で考えたあと、どうしても解らないので先生に個人的に訊きに行っていたら、先生の対応は違ったものになっていたのではないでしょうか。

先生によってその授業が嫌いなることはあっても、その科目が嫌いになることはないと思います。先生によりその科目が好きになることはありますが。

何はともあれ、「先生のおかげ」にすることはよいことですが、何でもかんでも「先生のせい」にすることは如何なものかと思います。

 

みずの通信2017.3

読んでいません。ネット上の知識です。

岐阜信長の特集として岐阜市が数百万円出してKADOKAWAに依頼した「歴史読本」、間違いだらけで、ネット上話題を呼び、アマゾンではプレミアムまでついて売買されているとか。信長450を打ち出している岐阜市としては当初の目的を果たしたことになるのかもしれませんが、天下のKADOKAWAとしての信用は大いに失墜したことになります。

単純な誤字脱字であればこれほど話題とならなかったのでしょうが、さすがに、「岐阜市を三重県」、「笠松町、岐南町を愛知県」、「ハイグレードなホテルを廃グレードなホテル」とされると、原稿を執筆しているライターの質の問題に及び、笑い話となって、ネットで拡散してしまいました。

マニア向けの本は、マニアが読んで耐えられるレベルでなくてはいけないはずですが、常識まで外れてしまうと、編集者の記事への愛着すら感じないことになります。致命的です。

誤字脱字、見出しと内容が違う等々が30か所以上あるとのこと、校正ミスとの言い訳も利かないでしょう。KADOKAWA、やばいですね。

なお、過去にも、「山下泰裕(柔道家)」と書くべきところを「山下泰裕子(柔道家)」とカラーの表紙に大きく掲載する出版社ですので、岐阜市の一部の職員は危惧はしていたようです。

 

みずの通信2017.2

所得税法上の社会保険料控除は、本人または生計を一にする親族の社会保険料を負担した場合は、その負担した人の所得から控除できるとされています。

つまり、配偶者や子供、親の国民年金や国民健康保険料を本人の確定申告や年末調整の際、所得控除することができます。

しかしながら、年金から介護保険料が天引きされていると、その介護保険料を負担しているのはその年金をもらっている人ということになりますので、介護保険料は年金をもらっている人の所得からしか控除できないこととなります。このことから、税金のかからない人は実質的に結局控除できず、年金の源泉徴収票は不要となっていました。しかし、平成29年以降は、生計を一にする人から控除できることになる予定です。

今年からは、「関係ない」と棄ててしまわないでください。確定申告や年末調整で提示すれば税金が少なくなります。

なお、今年の確定申告では無理です。

 

 

みずの通信2016.12

NHK大河ドラマの「真田丸」も終盤を迎えていますが、大坂冬の陣、淀君はどうも及び腰だったように感じます。それは、私は淀君の妹、お江の存在が大きかったのではないかと思うのです。

お江は徳川秀忠の正室。秀忠はお江に頭が上がらなかったといわれます。秀忠は1605年には征夷大将軍になっていて、秀忠とお江の間の子が三代将軍家光となります。家康の孫娘、千姫は豊臣秀頼の正室です。

淀君は、家康さえ死ねば、そのあとは徳川家と豊臣家の蜜月が来ると思っていたのではないでしょうか。家康は逆に、自分の生きている間に豊臣家を何とかしなければいけないと思っていたでしょう。

家康は秀吉が亡くなるのを待つという時間との戦いに勝ちました。一方、家康の死を待つという時間との戦いで、淀君はしくじったことになります。家康が死んだのは、大坂夏の陣の翌年の1616年だからです。

さて家康は、関ケ原合戦の終わった翌年の1601年から、東海道、中山道等の五街道の整備を始めます。今も昔も交通網の整備は経済を大きく発展させますし、日本という国を一つとして結んでいく力ともなっていったでしょう。また電話もメールもない時代、情報伝達手段としても重要でした。岐阜県の御嵩宿は、同1601年に、早々と中山道御嵩宿傳馬掟朱印状の発行を受け、早馬の取次地となっています。西の変事を即座に知らせるシステムの構築でもあったようです。

家康のインフラ整備の視点は、日本的規模で、一際大きなものだったと思います。

 

みずの通信2016.11

NHKのテレビ番組、「ミュージックポートレイト」、大地真央と市村正親との対談。

市村正親が劇団四季の「ジーザス・クライスト=スーパースター」のオーディションに賭けるくだりの話があります。その曲がバックに流れるなかで、彼がその話をしながら、今でもその曲を聴くと鳥肌が立つ様が放映されました。

私も若い時、激しい何かに飢えていて、「ジーザス・クライスト=スーパースター」の週刊誌の広告を見て、そのキャッチコピーに胸躍らされ、「公演は東京か・・」とため息をつき、その後、岐阜市民会館で公演があると知ったときは、惹かれるように観に行きました。

劇団四季を初めて知った時でした。

凄かった。本当に凄かった。セットはほとんどなかったですが、歌と踊りが次から次と私の心に叩き込まれてきて、自分の体の持って行き場がないと感じたあの感動は忘れません。

劇団四季、創生期のパワーだったんでしょう。

みずの通信2016.9

小さな時からゴジラファンでしたが、ゴジラがおそ松くんに出てくるイヤミのシェーをするといい(意味の分からない人が多いと思います。)、段々バカバカしくなって、観に行かなくなり、しばらくしてシリーズが打ち切られました。その時、仕方ないと思いました。

それから平成に入って、平成ゴジラシリーズが始まります。何を今更、と思いましたが、ファンであったことから観に行ってみると、大きくパワーアップしていました。

このシリーズ、結構楽しませてもらいましたが、これもネタ切れが見え始め、ハリウッドに制作権を売って打ち切りとなりました。

そして、今回、シンゴジラが封切られました。

想像を絶する自然災害の多い昨今、街を破壊するゴジラ映画を私を含む日本人が受け入れることができるのか、もうネタ切れではないのか、そう思っていましたが、観てみるとなかなかのものなのです。

難問山積の日本へのエールとなっていますし、凄まじいゴジラ映画にもなっています。

総攻撃の時に流れる音楽は、昭和34年封切りの東宝映画、「宇宙大戦争」のテーマ音楽で、世界中が一致団結して来襲する宇宙船を迎え撃つシーンを彷彿させ、マニアの心を揺さぶることも忘れていません。(この映画はさすがに映画館では観ていません)

試写会では、会議の場面が多い、家族愛を描いていない、CGが良くないと、評価は散々だったとのことですが、蓋を開けたら大成功となり、すでに興行収入30億円を突破しているそうです。

ハリウッド映画のように、家族愛、逞しい父親、ヒーローの個人的スタンドプレイ、コテコテのCGが必須と思っている人には、このゴジラ映画は受け入れられないかもしれません。

でも、私はハリウッド映画のCGがそんなに凄いとは思いません。ゲームの世界のような何もかも詰め込んだコテコテの映像、見たことのないという見飽きた映像、臨場感がなくなってしまいます。

日本のCGは控えめで、ここぞというところで、余分なものはそぎ落とし、思いっきりミエを切ったような映像を見せます。私は迫力では日本映画の勝ちだと思います。

とにかく面白かった。二度観てみたい。

 

みずの通信2016.8

私の若い頃、名古屋大学経済学部に飯田経夫という有名な教授がいました。

経済学者というと、今では,円がどうの、ドルがどうの、金利が、株価がという話ばかりする人とのイメージになりますが、飯田経夫氏はどちらかというと随筆のような著作が多かったです。この人の著作の一節で2つほど、しっかりと心に残っている部分があります。

一つは、文章は正確ではありませんが、次のような内容でした。

―― 子育ては苦労が多い。子供が大きくなればなるほど、精神的にも、経済的にも、苦労ばかり大きくなる。それが我慢できるのは、子供が小さかったとき、ほんの僅かな期間であったかもしれないが、何よりも替えがたい至福のときを与えてくれたからだろう。その記憶と感謝の心が、その後の苦労を克服させてくれるのだろう。―――

子育ては大変、大変、と言われますが、大変であるがゆえに楽しいということも人間の感情では自然なことなのでしょう。

もう一つは、これも正確ではありませんが、ある年の経済白書(当時は通商白書と言いました)を東洋経済という雑誌に論評していた一節です。

―― 編者は白書の締めくくりに、今こそすべての経済政策を一から見直して、時代の変化にあった経済政策を打ち立てなければならないと書いている。しかしながらそもそも全てを見直すなどとはできるはずのないことであり、それ故に、調査、分析して何が問題で、何をどうしなければならないかを見つける努力をするのである。編者はこれだけ多くのグラフ、数値を用い、数多くのことを書き、分厚い白書を創り上げていながら、何ら有効な分析、解析もできなかったことを、その一言で露呈している。――

最近のNHKの特集番組でも、「今、すべてのこと徹底的に見直して、、、、、。」と締めくくるものが目に付きます。その度に安直だなあと感じてしまいます。

 

みずの通信2016.7

久しぶりに小牧山を登りました。山頂の小牧山城は小牧市歴史館となっており、以前登ったときは、個人の展示が主で織田信長等とは関係ないものでしたし、どちらかといえば、「市民の憩いの公園なのだな」との印象でした。今回は、登り道には発掘した石垣等もあり、歴史館の内も織田信長や発掘に関する展示となり、結構楽しめました。

小牧山は織田信長の居城があったところでもありますが、小牧長久手の戦いで徳川家康が布陣したところでもあります。小牧と長久手とは距離があり、地理的には一括りすることはイメージとして難しいのですが、歴史の舞台としてはそれが一つになるのは面白いところです。小牧山城の展望台は四方を一望でき、この地を徳川家康が押さえたことは、豊臣秀吉に対してこのうえなく戦闘を有利にしたことは容易に想像できます。この地からはるか長久手方面をみると、ここから何千の兵士が長久手まで徒歩で戦いに赴いた様を想像し、壮観でもあります。

みずの通信2016.6

軽減税率対象商品は、食料品と新聞となっています。

まず、食料品について簡単に説明します。

食料品は、菓子、ケ−キ、まんじゅう、健康食品を含み、次のものが除かれます。

1 酒(料理用のワインは、調味料ですので対象食料品となります)

2 ペットフ−ド

3 レストラン、居酒屋、食堂、フ−ドコ−等で提供される食事

   持ち帰りは対象食料品になります。

   最近、持ち帰りサービスを開始したところが多くなっているように感じます。風潮もあるかとは思いますが、軽減税率の関係で持ち帰りをする顧客が増えると考えている事業所も多いからかとも思います。

 4 サ−ビス付き高齢者専用住宅等の食堂で提供される食事は、1食640円、1日1,940円の範囲内までは、軽減税率の対象となります。

 新聞は、週2回以上定期購読されるものをいいますので、週1回発行のものは対象となりませんし、コンビニで売られている新聞は定期購読ではないので軽減税率の対象とはなりません。

以上より、コンビニ、ドラッグストア、お菓子や食材をレストラン等に卸す業者、お持ち帰りサ−ビスのあるレストラン食堂、サービス付き高齢者専用住宅、新聞販売店等は、対策が必要となります。

 

みずの通信2016.5

仕事ばかりしているので、奥さんの体調不良と私の気分転換を兼ねて、近場の下呂温泉にいってきました。

以前、仕事の都合で下呂温泉の小さな旅館に泊まったらお湯がとてもよく、同じ下呂温泉でも、旅館によってずいぶん泉質が違うことを知り、泉質の良い温泉を求めて小さな旅館にも泊まるようになりました。

美味しいものを食べたければ海そばの温泉がよい、山の中の下呂温泉に泊まるなら日本三大温泉のお湯を楽しんだほうがよいと考えたのです。

小さな旅館は、大浴場というほどでなくても、団体客はいないので、お風呂は貸し切り状態となって、ゆったりと入れます。部屋から浴場まで近いので手軽に何度も入れ、体中にまとわりつくようなお湯を思う存分、堪能できます。各旅館、合理化を進めつつもサービスは落とさないように努めていると見受けられますが、料理は少し首を傾げます。もう一工夫、心づかいがあってもよいのではないかと思いました。

翌日、口直しに飛騨牛を食べようと、高山へ足を延ばし、古い街並みの中の造り酒屋が経営している「与平」というお店に入りました。3,000円を切る値段で雰囲気もよく、なかなか美味で、飛騨牛を堪能できました。もうボリュームはいらないので、これで十二分なのです。

 

みずの通信2016.4

年金のみの受給者で、課税所得のない人の場合、年金から控除されている介護保険料等は、本人の確定申告の際、所得控除しても、もともと税金がないわけですから、控除できなかったことと同じになります。そこでこのような場合、平成29年分から他の生計を一にする人の所得から控除できることになります。2年先の話ですが、こんなのいらないと年金の源泉徴収票を捨ててしまわないことです。

なお、上記で述べました年収103万円以下で、他の人の控除対象配偶者または扶養親族であっても、その人が給料から控除された社会保険料は、生計を一にする他の人の所得から控除することはできません。これについての改正の予定はありません。

 

みずの通信2016.3

織田信長が岐阜に入城し、岐阜の町をさらに発展させ、岐阜を拠点として天下布武の野望を実践してきたことは皆さんよく知ってみえると思いますが、どの戦国ドラマも、舞台は戦場、岐阜を拠点にしていながら岐阜の描写は少なく、治政の部分がクローズアップされることはありません。

そのようなことから、岐阜市が岐阜市出身の作家、早見俊に依頼して、岐阜を舞台にした信長の物語が連載されています。題名は「醒睡の都(岐阜信長譜)」です。ウェブ小説で、「歴史行路」という徳間書店?のサイトで、登録すれば無料で読むことができます。決して安直なものではなく、意外と面白いですよ。今までと視点が違う分、新鮮な信長物語となっています。

ちなみに、醒睡=せいすい、信長譜=しんちょうふ、と読むようです。「しんちょうふ」は、信長のことを書いた「信長公記」が「しんちょうこうき」と読むことから良しとしても、「せいすい」は読めないですよね。意味もよくわからないし、読めない字は題名にしないほうがよいと思うのですが。滋賀県の地名に「醒ヶ井(さめがい)」があるので、「さめ」と読むのはわかるのですが。

 

みずの通信2016.2

NHKFMで安田祥子さん(由紀さおりのお姉さん)が、「比叡おろし」を歌っていました。初めて聞く曲です。曲がきれい、声がきれい、ピアノ伴奏がきれい。とても繊細で、素晴らしかったです。ユーチューブでは著作権の関係でヒットしません。

年末年始、面白いテレビをやっていないので、久々に「善徳女王」を借りて観てみました。やっぱり面白い、溢れんばかりの生命力、心に響く素晴らしい言葉が散りばめられて勇気づけられます。私にとって韓国ドラマNO1です。